存在に耐えられない軽さだとは思わない

発信する意識低い系。性依存(恋愛依存)脱出記。雑感と絵画技法・クリスチャン1年生におススメ本を紹介。基本的スタンスは「これからどうするか」

『自分を愛してあげてる?』って話を続けるなら、まず「自分を愛する」ことの定義から話し合おうか

以前、とある人に「最近楽しいの?ちゃんと自分を愛してあげてる?」

 

と聞かれました。

 

 

そして、少し言葉に詰まってしまいました。

 

 

それは、私にとって「自分を愛している」ことが、

 その人にとって「自分を愛している」ことにならなさそうだな、と思ったからでした。

 

 

 

例えば、たばこを吸うことやお酒をたしなむこと。

 

 

これが「自分を愛している」ことになる人もいますが、

 

 

「身体に負担をかけてるんだから、それは自分を愛すことにはならない」

 

というふうに考える人もいます。

 

 

私は、どっちの面もあるんです。

 

たとえば、こうやって自分の想いを綴っていくことは私にとって大事で、腱鞘炎になっても夜中の2時までかかっても「書きたい」のです。

 

これは私の魂の「癒し」であり、愛してあげていることのウチに入ります。

 

一見不健康ですが、でも、私にはストレッチをしたり食事に気を遣ったりすることが大事、と思う気持ちも備わっています。どちらかというと健康ヲタク気味なくらい。

 

 

「自分を愛してあげてる?」という会話をつづけたのであれば、まず「自分を愛する」ということが「私にとってどういうことなのか」「あなたにとってどういうことなのか」というところから話し合わなければならないと思うのです。