存在に耐えられない軽さだとは思わない

この世の旅路は果てしない。「主よみもとに近づかん」が好き。

「星の王子様」とキリスト教や聖書にまつわる書籍の数々(途中で公開するスタイル)

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星の王子さま」ーー日本人なら、(原作そのものに触れたことはなくても)劇や映像、イラスト、ミュージアムなど、何かしらのカタチでその存在が知られているコンテンツではないだろうか。

 

youtu.be

 

私自身、中学校では体育館に集められ「星の王子さま」のミュージカルを観たし、何ならそこで歌われていた曲を歌えるくらい印象に残っている。

 

家族で箱根旅行に行った際訪れた「星の王子さまミュージアム」にも大変はしゃいだ記憶がある。そこで買ったキャンドルライトは、結婚して引っ越した今も大事に持っている。

 

とはいえ、「星の王子さま」の物語そのものについて、自分はまだ落としどころのようなものを見つけていない。

 

 

キリスト教徒」という価値観を付与された今の自分は、この物語をどういう形で受け止めるのだろうか…そんな事を思ったとき、すでにそういう路線で読み解かれているものを読んでみたくなった。

 

原作は改めて読むとして、まずどういったものがあるのか調べてみたところ…そういうコンセプトの書籍はいくつか出版されているようだった。

 

カトリック神父による「星の王子さまと聖書」

 

 

まずもって「この物語と、キリスト教的価値観というものに接点を見出すのは、あまりに滑稽すぎないだろうか?」という気持ちを払拭してくれることが、前書きに書かれてあった。

 

星の王子さま」と「聖書」という二冊の書物の間に何の関係があるのかと疑問に思われる方もあるでしょう。しかし、私自身にとっては、「星の王子さま」を繰り返し読んでいるうちに、そのいろいろな言葉が聖書のなかの色々なテーマや言葉と響きあっていることに気づかされます。二つは切っても切れない関係にあるのではないかという思いがますます強まっているというのがまぎれもない事実なのです。

(引用「星の王子さま」と聖書 ルドルフ・プロット著 p.11

 

『トンカチを持っている人間は何でも釘に見える』――という言葉もあるので、もしかしたらこの神父さまもトンカチと釘現象を起こしているのかもしれないが、とはいえ、作者のサン=テグジュペリ自身はキリスト教色(カトリック)の強い文化圏で生きたわけであって、それらの価値観が見いだせることは、本人が公言しておらずともそんなに無理なことではないと思う。

 

というか、ロマ書1章20節を真に受けて「神はこの世界の創造者なのだから、この世界にあるものからは、創造者たる神の何らかの意匠が反映されとるやろワレー!」という勢いでスタートラインを切った「いつかみ聖書解説」みたいなコンセプトのコンテンツを作った私たちなんぞよりよほど地に足がついていると思う。

 

とにかくこの本は、かなりいい印象を持った。なにせ第一章で「イエスの復活」のことを丁寧に書いてある。

 

そこから見いだせる「よろこばしいかんじ」を、星の王子さまのこういう部分からも見いだせるよね…

 

みたいな感じで話が続いていく。

 

この本の中でも記されているように、星の王子さまと親しくなったキツネは王子さまと別れ際に「秘密を教えるよ。ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。一番大切なことは、目で見えない」と話します。
 私はここから聖書の一節を思い起こします。それは、「私たちは、見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に存続するからです。」(コリントの信徒への手紙二4章18節)という言葉です。見える世界、つまり、人間の虚栄心、支配欲、功名心、自己利益の追求等は、はかないものであり、いつか消えてしまうような不安定なものです。しかし、目に見えないもの、つまり神の存在、そして神の愛は、いつまでも変わらず、存続するのです。それは、言い換えれば「世俗の価値観でなく聖なる価値観により一番大切なことを見ることができる」ということなのだと思います。

markoji.hatenablog.com

 

全編を通して感じたのは、ルドルフ・プロット神父は『星の王子さま』が大好きなんだなあ、ということ。そして、もちろんイエス・キリストへの愛がそれを支え、何倍にも豊かなものにしているのだなあ、と。

 

note.com

 

…とまあ、この書籍は穏健なキリスト教徒の方々からの評判が良い印象。

 

。。というかんじで、こういった書籍を順次読んだら軽く紹介したい。。。今は力尽きたのでこの辺で公開する

 

星の王子さま」からのクリスマスメッセージ

 

 

献辞に挙げられた親友レオン・ウェルトの名前と、王さまがすむ星〈B-612〉を手掛かりに、サン=テグジュペリパスカルの『パンセ』、さらには聖書との知られざる関係に光を当てる。

 

「人間は考える葦である」――の名言で知られる数学者・哲学者:ブレーズ・パスカルの『パンセ』との関連性にも言及があるらしい。

 

(現在、購入して配達待ち。詳細は読んだら書けたら…いいな…)

 

私はパスカルの『パンセ』を2019年から2020年にかけて読み、パスカルのそのキリスト教への情熱に心打たれ、非常に感銘を受けた。今も落ち込んだらまずパスカルのパンセを開く、みたいなルーティーンができている。ので非常に楽しみ。

 

 

王子さまはハレー彗星だった:ー数と天文、聖書で読み解く『星の王子さま』の世界

2021年6月に出たばかりの書籍…

これはちょっと検討中。Kindleなら無料で読めるっぽい。